面白いにもほどがある!『昭和世代 熱狂の記憶』

かつて「操觚者(ソウコシャ)」などと呼ばれた、新聞社やマスメディア機関に勤めてその禄を食む、報道系の「記者」「ジャーナリスト」の類は別として、「三文文士(サンモンブンシ)」なる言葉があるように、いつ手に入るとも判らぬわずかな原稿料のほかに生計を知らぬ「文士」は、手元不如意となりがちな生業とされ、時には世間から蔑まれ軽んじられ疎んじられてきた。
そのくせ、当の本人は「オアシがどれほどいただけるか」なんてことより、あらぬ方に視線を向けながら「テシオにかけた仕事で己の志を貫きたいもの」などとうつつを抜かすばかりで、己の立場を意に介さなかったりするから、余計に変人扱い世間知らずの阿呆痴れ者呼ばわりされてきた歴史がある。と俺は思っている。
「文士」の現代的な言い方の一つである「ライター」も、このご時世ともなるとさすがに職業差別は受けないものの、(ほかの自由業も大抵そうだろうが)儲かりまくって左ウチワで暮らしているような人はごく一握りと限られているから、概して言えば、原稿料だけで生きていくのが大変なのは、昔も今もあまり変わらないようだ。
手前味噌な話であるが、そういう職業を選んだ身として、同世代の勤め人たちが次々と引退していくなか、今もなお、日々食べていける程度には、書く仕事を続けさせてもらえるのだから、ありがたいこと、この上ない。
「締切、なんでそんなすぐなの?」とか「約束より早めに待ち合わせ場所に着いてるのに、同行の人がぜんぜん来ないから、取材開始時刻になっちゃうよ…遅刻になったら俺も並んでお詫びしなきゃいけなくなるってばよ!なあ、サスケ…とか気を揉みながら待たされるこの時間、何の時間?」などと文句を言おうものなら罰が当たる。だから、文句は心のなかでそっと言うんだ俺。ま、時々「顔に出ちゃってるよ」とは言われるけどね。
閑話休題、前置きが長くなったが、このブログ記事のタイトル『面白いにもほどがある! 昭和世代 熱狂の記憶』である。そのまま、昨秋刊行された単行本のタイトルであり、俺もほんの一部だが執筆させてもらった縁で、遅ればせながらここで紹介させてもらいます。ライターの仕事には、こういうものもあるんですよ。

*画像は『面白いにもほどがある! 昭和世代 熱狂の記憶』(昭文社)より 発行元の許諾を得て引用
2025年は「(昭和が続いていれば)昭和100年」となる節目にあたるため、「昭和100年」関連の企画だのイベントだのが相次いだ。今やメイン視聴者層が昭和世代であるテレビでは、これでもかというぐらい、ドキュメンタリーでもバラエティでも「昭和関連番組」をやっていた。まあ、それぐらい昭和って、懐が深いってことなんだが。
で、この本もまた、そういう風潮に乗っかった企画であり、タイトル部分の『面白いにもほどがある』も、昭和と現代における世相や文化の違いを切り口にしてヒットした某ドラマにも乗っかっちゃってる、というダブルライドなノリのよさが、ページをめくるたびに伝わってくる、にぎやかな本である。
家電、クルマ、オモチャなど昭和グッズ大行進の【1章 魅惑の昭和製品】。日本中を沸かせた力道山に「東洋の魔女」に長嶋茂雄、一世を風靡したグループサウンズや歌謡曲アイドルらが登場する【2章 スターとヒーロー】。百貨店、大衆食堂、キャバレー、団地…「ザ・昭和」ともいうべき【3章 会社とサラリーマン】。さらには「三億円事件」「グリコ森永事件」、ツチノコやオカルトブームに迫る【4章 事件とブーム】といった具合に、昭和世代が「あった!あった!」を連発する出来事、今にして思えば笑える文化やエンタメもあれば、昭和史の流れを硬派な視点で綴る【5章 昭和100年史】まであって、「これぞ昭和」の波状攻撃、てんこ盛りのおなかいっぱい。これ一冊で、楽しみながら「昭和力」をぐんとアップさせることができ、明日からモテモテのブルワーカーな内容なのだ。

*画像は『面白いにもほどがある! 昭和世代 熱狂の記憶』(昭文社)より 発行元の許諾を得て引用
と書いてるうちに、いつのまにか文章が昭和テイストになってしまっているのはさておき、「スプーン曲げ」「紅茶キノコ」「竹の子族」「うーん、マンダム」「はらたいらさんに3000点!」「よっこい、しょういち!」などの昭和全開ワードに、懐かしさが込み上げる人も、何のことだかピンとこない世代も、本書をパラパラとめくって眺めるだけで笑顔になれるよ。面白いにもほどがあるから。
じゃあネ、「バハハーイ!(byケロヨン)」
(堀 雅俊)











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